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東京地方裁判所 昭和46年(ヨ)2278号 決定 1972年2月22日

申請人

星野和二

右代理人

秋山泰雄

外一名

被申請人

右代表者

前尾繁三郎

右指定代理人

光広龍夫

外九名

主文

一  本件仮処分申請を却下する。

二  申請費用は申請人の負担とする。

理由

第一当事者の求める裁判

(申請人)

一  本案判決の確定に至るまで、申請人が郵政省神田郵便局郵便課窓口係として就労する地位を仮に定める。

二  申請費用は被申請人の負担とする。

(被申請人)

主文同旨

第二申請の理由

一  申請人は、昭和三六年六月郵政職員となり、昭和四三年六月以来、神田郵便局郵便課窓口係として勤務してきた。

また申請人は、郵政労働者をもつて組織する全逓信労働組合(以下全逓という。)神田支部に所属する組合員であり、昭和四〇年からは支部委員の地位にある。

二  全逓は、昭和四六年三月二〇日、郵政省当局に対し、賃金引上げを中心とする諸要求を提出して、同年四月二五日以来、全職場において労働基準法第三六条に基づく時間外労働の協定締結を拒否し、いわゆる春闘の態勢に入つた。

全逓神田支部においても、同日以降時間外労働の拒否を行なうとともに、郵便課では四月二七日から申請人を含む支部組合役員が、幅一〇センチメートルで赤地に白く「全逓神田支部」と染め抜いた腕章を着用して就労した。

三  ところが神田郵便局長は、四月二八日、右腕章着用を理由としして、申請人に対し、五月一日以降郵便課通常係の勤務につくよう担当業務変更命令(以下本件命令という。)を発した。

なお郵便課窓口係の職務は、公衆窓口において、①事故受付・書留交付②書留引受③切手売捌④計器別納(切手の貼付にかえて料金計器により郵便料金を現金で支払う料金計器別納郵便物の引受)⑤税付交付(外国来郵便物で関税または内国税を課されたものの課税通知書の送付、税の徴収郵便物の交付)⑥外国小包引受⑦内国小包引受⑧私書箱受付の八種類の業務を行なうことである。

また郵便課通常係の職務は、①自局および周辺の特定郵便局ならびに無集配普通郵便局で差出された郵便物を宛先ごとに分類し、郵袋に納入して宛先別に発送する作業(差立作業という。)と②自局で配達すべく到着した郵便物の郵袋を開き、配達区ごとに分類する作業(配達区分作業という。)である。

そして、窓口係と通常係とは、その労働の質においてかなりのへだたりがある。すなわち、前者は定時間勤務の事務的労働であり、後者は変則時間勤務の肉体的労働であつて、窓口係の労働に比較して過重である。このような違いに基づいて、全逓と郵政省間の「特技作業手当の支給に関する協定」により、通常係の区分作業手当は一日につき金五〇円であるが、その他の事務に従事する者は一日につき金三五円であつて、支給される手当に差異がある。

四  本件命令は、不当労働行為であるから無効である。

すなわち、腕章を着用して就労するのは、闘争中であることを表示するとともに団結を誇示しようとする目的に出たものであり、手段としても適切なものであるから、組合活動として正当なものである。したがつて、これを理由とする本件担当業務変更命令は、組合活動に対する支配介入であり、また申請人に対する不利益な取扱いであるから、労働組合法第七条第一号および第三号に該当する不当労働行為であつて、無効というべきである。

五  労働者の担当する業務、就労する場所あるいは勤務時間などは労働条件の主要な要素をなす。したがつて、申請人は、被申請人との間の労働契約の内容に争いがある場合には、その確認を訴訟上求めることができる。

なお公務員ことに現業公務員の勤務関係は、基本的に私企業と同様の労働契約関係とみられる。ただ国家公務員法は、「いちじるしく不利益な処分」および「懲戒処分」については、これに対して抗告訴訟を提起できることを前提とする規定をおいているから、これらの処分については抗告訴訟の形式をもつて争うことを前提としているものと解さざるをえない。しかし、本件命令のように国家公務員法に特別の定めのないものについては、民事訴訟法に従つて争うべきであり、仮処分が許される。

六  通常係の勤務は、前記のとおり窓口係の勤務と性質が異なり、しかも肉体的労働と夜勤、泊り勤務を伴うものである。また申請人は通常係の勤務には不慣れである。

したがつて、申請人が、懲戒処分を回避するため通常係の勤務に暫定的に就労するとすれば、事柄の性質上、日々回復し難い損害が積み重なることを意味するから、本件仮処分の保全の必要性がある。

よつて本件処分申請に及んだものである。

第三被申請人の主張

一  本件仮処分申請は不適法であるから、却下さるべきである。

本件担当業務変更命令は、行政事件訴訟法第四四条にいう「公権力の行使に当たる行為」であるから、これに対し民事訴訟法に基づく仮処分による救済を求めることは許されない。公共企業体等労働関係法、国家公務員法、人事院規則等五現業の国家公務員の勤務関係に関する法令を検討すれば、その勤務関係は実定法上公法上の特別権力関係として把握規定されていることは明らかである。

二  申請人の主張各項に対する答弁

(一)  申請人の勤務に関する経歴は認める。ただし神田郵便局においては各課に係制度は設けられておらず、したがつて郵便課にも「窓口係」なる係は存在しない。

組合関係については知らない。

(二)  認める。

(三)   「通常係」なる係はない。また郵便課通常事務の内容は、郵便物の取揃え区分事務が主たるものであるが、申請人主張の作業のほか、計画事務、事故郵便物の処理事務等がある。通常事務が窓口事務に比べ過重な事務であることは否認する。

その余の事実は認める。

(四)  争う。

申請人らの本件腕章着用行為は、郵政省就業規則第二五条の服装規定および第二七条の勤務時間中の組合活動禁止規定に違背するものであるから、これに対し神田郵便局長がその取外しを命ずることは当然のことであり、不当労働行為といわれる筋合いのものではない。

(五)  争う。

公務員の職務の範囲については、国家公務員法第一〇五条によりいわゆる職務の定量性が定められているが、本件の場合申請人は、神田郵便局郵便課勤務を命ぜられていたものである。ところで神田郵便局には郵便局組織規程により、庶務課、会計課、郵便課、外四課がおかれており、郵便課の所掌事務は同規程第七条で明定されているものであるから、申請人のなすべき職務の範囲は、第七条規定の事務全般にわたるのである。

換言すれば、申請人は神田郵便局郵便課の課員として就労すべき地位にあるのであつて、郵便課内の特定の事務、本件でいえば窓口事務のみを行なうというような地位は当初から有していないのである。

したがつて、申請人には窓口係として就労する地位という被保全権利が存在しないことは明らかであるから、本件申請は被保全権利を欠くものとして却下さるべきである。

(六)  争う。

通常事務においては、窓口事務と異なり、事務上の必要性から一六時間勤務の指定を避けえない。しかしその場合、休憩が何回かにわたり適時に設けられており、仮眠のための休息時間も設けられている。このように一六時間勤務が深夜にまたがる勤務であるという特殊性に相応した配慮がなされている。また右休憩、休息に加えて、終業時刻後は一日休業しうるから、その疲労は十分に回復しうるものである。

また通常事務が肉体労働であつて、窓口事務は非肉体労働であると断定することは妥当ではない。給与上の取扱いにおいて窓口事務と通常事務との間に、特技作業手当についての差異(一日五〇円と三五円)のほかは特段の差異がないことからみても、通常事務が肉体労働であるということはできない。

第四当裁判所の判断

一本件担当業務変更命令は民事訴訟法上の仮処分の対象となるか。

現業郵政職員の勤務関係は、私企業の場合と同様の私法関係であるものと解される。したがつて、その勤務関係についての争いは、法律がこれを抗告訴訟によつて争わせる旨を特に定めていない限り、民事訴訟によつて争いうるものというべきである。

そして、国家公務員法第八九条ないし第九二条の二の規定によれば、同法第八九条第一項に定める降給、降任、休職、免職その他いちじるしく不利益な処分または懲戒処分は、その効力を抗告訴訟によつて争わせる趣旨であることが明らかである。

しかし、本件命令は右に定める処分には含まれないから、行政事件訴訟法第四四条の「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」ではないと解すべきである。本件担当業務変更命令に対しては民事訴訟法上の仮処分をすることができる。

二被保全権利について

本件仮処分の本案訴訟は、本件命令後の新職種(通常事務ないし通常係)についての就労義務不存在確認請求ないしは本件命令前の旧職種(窓口事務ないし窓口係)についての労働契約上の権利の存在確認(旧職種を内容とする職員たる地位の確認)の請求である。

そこで、申請人は、本件において、右のような確認請求をなしうる権利保護の利益を有するかどうかを検討する。

いわゆる転勤・配置転換には、それが雇用契約の範囲内に含まれる場合と、契約の範囲を越える場合との二つの場合があるから、これを分けて考察することにする。

(一)  もしも労働者が、使用者から命ぜられた労務の種類・態容等が、使用者との間の雇用契約において合意された労務の種類・態容等に含まれないと主張するのであれば、労働者は、右命令の効力を前記のような確認訴訟によつて争いうることは明らかである。それは契約によつて合意された労務に服する義務の範囲に関する争いであるからである。

しかし、本件において申請人は、通常係ないし通常事務の業務が、被申請人との間の契約(あるいは法令)によつて定められた労務の種類・態容に含まれていないものであるとは主張していないのである。

(二)  これと異なり、転勤・配置転換による新しい労務の種類・態容等が使用者と労働者との間の雇用契約の範囲内のものであるならば、右転勤・配置転換によつて労働者の権利、義務に変動(労働者にとつてより不利益な)が生じた場合にのみ、労働者はその転勤・配置転換の効力を前記確認訴訟によつて争いうる。単に事実上、経済上の不利益が招来されただけでは不十分である。

一般に確認訴訟が許される要件として、原告の地位に不安が現存し、しかもその不安が法律的なものであることを要し、単なる事実上あるいは経済上の利害だけでは足りないとされている。右に転勤・配置転換について述べたところは、この一般理論の適用に過ぎないのであつて、当然のことである。

ところで、ここにいう労働者に権利、義務の変動があつた場合とは、転勤・配置転換の結果、当然に、賃金、総労働時間、総休憩時間、休日の数、年次有給休暇の数等の労働条件が従前に比して不利益なものとなつた場合である。

右のような労働条件には変化がなくとも、労働の場所・種類・態容等の変動が、労働者にとつてきわめて重大な生活関係上の不利益をもたらす場合があることは否定できない。しかし、このような不利益は、法律上のものではなく、事実上ないしは経済上のものといわざるをえないのである。

もつとも、雇用契約において労働の場所・種類・態容は「契約の不可欠の条件」あるいは「契約の要素」であるから、これに関する争いは常に権利または法律関係に関する争いであるとする見解がある。しかしこの見解も、その一般的立言にもかかわらず、労働の場所・種類等のいかに些細な変化(例えば本件におけるような)であつても、すべて訴訟によつて争いうるとするものではないであろう。とはいつても、この見解では、労働の場所・種類・態容にどの程度の変動があればこれを訴訟によつて争いうるものか、その基準、限界は遂に明らかにされえないと思われる。事実上の不利益の大小によつては、明確な一線を画することは所詮不可能であろう。

(三)  本件への適用

本件において、申請人の賃金、労働時間等右に述べた労働条件が、本件担当業務変更命令によつて従前に比して不利益となつたことは申請人の何ら主張、立証しないところである。申請人の主張する担当業務変更による不利益は、法律上のものとはみられない。

(なお逆に、特技作業手当が一日三五円から五〇円に増加したことは当事者間に争いがない。法律上の変動があつたとしても、このようにより有利になつた場合にはこれを争う利益のないことは多言を要しない。)

以上の理由により、申請人には本件仮処分を求める被保全権利はないといわざるをえない。

三保全の必要性について

本件は、同一郵便局、しかも同一課内の担当業務の変更に過ぎない。また、通常事務が過酷な肉体労働であることを認めるに足りる疎明資料はない。通常事務の勤務は、夜勤、泊り勤務を伴うことを考慮に入れても、申請人がこれによつて著しい損害を被つているものとは到底認められない。

本件は保全の必要性もまた認め難い。

四結論

以上述べたとおり、本件仮処分申請は、その被保全権利および保全の必要性のいずれについても疎明がなく、保証をもつて右疎明に代えさせることも相当でないから、これを却下することとし、申請費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり決定する。

(矢崎秀一)

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